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「衣服令」の色彩シンボリズム
泉滋三郎. 神奈川歯科大学基礎科学論集. 14:38-47 , 1997.
1. はじめに
2. 聖徳太子の「冠位十二階制」
3. 大化三年(六四七年)「七色一三階制」
4. 天智三年(六六四年)「七色二六階制」
5. 天武十四年(六八五年)「四十八階制」
6. 天平宝字元年(七五七年)『養老律令』の「衣服令」
7. 「衣服令」で使われた色彩
8. 絶対的な色彩シンボリズムの欠如
日本で始めて色彩が公式に象徴として使用されたのは聖徳太子の「冠位十二階制」に始まる。
- 十二月戊辰朔壬申に、始て冠位を行う。大徳(師説云今之四位)、小徳、大仁(五位)、小仁、大禮(六位)、小禮、大信(七位)、小信、大義(八位)、小義、大智(初位)、小智、あわせて十二階、並に、當色の×を以て、之を縫へり。
(『日本書紀』巻二十二・推古十一年 六〇四年)(注1)
その後位階を冠や衣服の色によって差異を付ける制度(衣服令)は幾度かの変遷を経て、『大宝律令』で定まった。『大宝律令』は今日失われているので、我々が確認できるものとしては、淳和天皇(在位八二三年〜八三三年)が勅して『養老律令』の解釈に基準を設ける為めに撰述させた『令義解』の「衣服令」によってである。本論文ではまず「冠位十二階制」以後の『養老律令』「衣服令」までの推移をたどり、『令義解』の「衣服令」を解釈する。その色彩を示すと同時に問題点を提示し、さらに日本の色彩シンボリズムについて考察する。
冠位とは冠の種類によって朝廷での席次を定示する制度で、漢の印綬の制、漢・晋の古緇布冠の制、百済の官帯の制などを学んで創案されたと考えられている。徳・仁・礼・信・義・智のおのおのを大小に分けて十二階制とし、その冠の色を紫・青・赤・黄・白・黒とし、大小は色の濃淡よって区別した。冠位制度は、諸豪族を官僚制度に組み込む必要からと考えられている。しかしこの冠位は『大宝律令』で定まったとされる位階制度で見ると、正四位以下の位階に相当し、従三位以上を定めたものではない。したがって当時の有力者であった蘇我氏は冠位制度に該当していない。
この六色は陰陽五行説の五色、すなわち青・赤・黄・白・黒とその上に紫を加えたものである。紫が至上の色とされたのは、中国では天=北=玄=黒が至上の色とされていたが、北=黒の観念に陰陽五行説の正色・間色の概念が導入され、
紫 以水之黒克火之赤合、赤黒即紫。北方間色。
水の黒を以て火に克つこれ赤と合して、赤黒即ち紫となる。北方の間色なり。
とあり、皇帝は紫衣を着ていたからだとされる。(注2)中国で皇帝の服色である紫が、日本では正四位以下の冠の色に充てられているのは注目される。
大化三年、大化改新以後の新政府は「七色一三階制」を施行した。
- 是歳七の色の十三階の冠の制つくる。一に曰く、織(おりもの)の冠、大小二階有り。織を以て之を為(つくれ)り。繍(ぬひもの)を以て冠の縁(もとほり)に裁(たちいれ)たり。服(きぬ)の色は並に深紫を用る。二に曰く、繍の冠大小二階有り。繍を以て之を為り。其の冠の縁、服の色は並に織の冠に同じ。三に曰く、紫冠、大小二階有り。紫を以て之を為り。織を以て冠の縁に裁たり。服の色は浅紫を用る。四に曰く、錦冠大小二階有り。其の大錦(だいきむ)の冠には、大伯仙の錦を以て之を為り。織を以て冠の縁に裁たり。其の小錦(せうきむ)の冠には、小伯仙の錦を以て之を為り。大伯仙の錦を以て冠の縁に裁たり。服の色は並に眞緋(あけ)を用る。五に曰く、青き冠、青絹を以て之を為り。大小二階有り。其の大青(たいせい)の冠には、大伯仙の錦を以て冠の縁に裁たり。小青の冠には、小伯仙の錦を以て冠の縁に裁たり。服の色は並に紺(ふかきはなた)を用る。六に曰く、黒冠、大小二階有り。其の大黒の冠には、車形の錦を以て冠の縁に裁たり。其の小黒の冠には菱形の錦を以て冠の縁に裁たり。服の色は並に緑を用る。七に曰く、建武、初位、又は立身の名、黒絹を以て之を為り。紺を以て冠の縁に裁たり。(『日本書紀』巻二十五・大化三年 六四七年)
「冠位十二階制」の徳・仁・礼・信・義・智を大小に分けて十二階制とするのをやめ、織・繍・紫・錦・青・黒という冠の材料や色で区別し、それぞれを大小に分け、最下位に建武の階を加えた。「冠位十二階制」が『大宝律令』での正四位以下の位階を定めていたのに対して、織は一位(正・従)、繍は二位(正・従)、紫は三位(正・従)となり、以下大錦が四位(正・従)、小錦が五位(正・従)、大青が六位(正・従)、小青が七位(正・従)、大黒が八位(正・従)、小黒が初位(正・従)となる。
この制度は服色も定めており、織冠と繍冠が深紫(こきむらさき)、紫冠が浅紫(あさきむらさき)、錦冠が真緋(あけ)、青冠が紺(ふかきはなた)、黒冠が緑、建武は指定がない橡色か栗色であったとの説がある。しかし確証はされていない。
「七色一三階制」は「冠位十二階制」に従三位以上の冠位を加えた制度といえる。紫の地位が高くなり、青・黒が下位に置かれている。また冠の色彩ではなく材料が重視されている。
「七色一三階制」はその後、大化五年に大錦以下を細分化し十九階制とされた。大錦を大華(上・下)、小錦を小華(上・下)、大青を大山(上・下)、小青を小山(上・下)、大黒を大乙(上・下)、小黒を小乙(上・下)とし、最下位を立身とした。
十九階制とされた冠位服色制は、天智三年に大紫以上では繍が縫に変更され、大華以下では華が錦に戻され、錦・山・乙になり、それぞれが上・中・下に細分化された。さらに最下位の立身が建とされ、上下が設けられた。
使用された染料はほぼ以前からのものと同様だが、紺と緑に藍が使用されるようになった。
藤原鎌足(中臣鎌足)が死の直前の天智八年(六六九年)天智天皇から大織冠と大臣の位を授け,藤原の姓を賜うが、この大織冠がこの制度における最高位のものであった。
冠位服色に関する制度は天武十四年に大きく変更された。
- 十四年春正月・・・丁卯。更に爵位(くらい)の號を改める。仍て加えて階級を増す。明位二階。浄位四階。階ごとに大廣有り。合せて十二階。以前の諸王の上の位。正位四階。直位四階。勤位四階。務位四階。追位四階。進位四階。階ごとに大廣有り。合せて四八階。以前の諸臣の位。・・・
- 秋七月・・・庚午。勅。明位以下、進位以上の朝服(みかどころも)の色を定める。浄位以上は並に朱華(はねす)を著(き)る。正位は深紫。直位は浅紫。勤位は深緑。務位は浅緑。追位は深蒲萄(えひそめ)。進位は浅蒲萄。
「七色二六階制」の大織から小紫までを正位、大錦(上)から小錦(下)までを直位、大山を勤位、小山を務位、大乙を追位、小乙を進位とし、それぞれを細分化し四十八階とした。すなわち冠位名を正・直・勤・務・追・進という官僚に期待される徳目に変更した。
使われた色彩は、まず親王以上が浄位とされて朱華(はねず)、正位が深紫、直位が浅紫、勤位が深緑、務位が浅緑、追位が深葡萄(ふかえび)、進位が浅葡萄(あさえび)であったとされる。葡萄色とは葡萄葛の実で染めたもので、暗い灰赤紫の色彩を呈する。
「四十八階制」は持統四年(六八九年) 『浄御原令』による改正をうけ、親王以上が明位・浄大一位から四位までと変更された。服色は明位が朱華、浄大一位以下二位以上が黒紫(ふかきむらさき)、浄大三位以下四位以上が赤紫(あかきむらさき)とされた。以下正位が赤紫、直位が緋、勤位が深緑、務位が浅緑、追位が深縹(ふかきはなだ)、進位が浅縹(あさきはなだ)となった。
『大宝律令』(七〇一年)で、親王四階・諸王一四階・諸臣三十階の位階制度が採用されて、一世紀におよんだ冠位制は廃止された。『大宝律令』は「律」も「令」も全て失われている。『大宝律令』を引き継いだ『養老律令』では「律」の大部分が失われているが、「令」は『令義解』『令集解』によって復元できる。『養老律令』の「衣服令」とはいかなるものであろうか。
「衣服令」は皇太子の礼服、親王の礼服、諸王の礼服、諸臣の礼服、朝服、制服、内親王の礼服、内命婦の礼服、朝服(女子)、制服(女子)、武官の礼服、朝服(武官)、制服(武官)よりなり、それぞれの位階の服色を定めている。『令義解』の『養老律令』「衣服令」(注3)を読む。
「衣服令」
- 皇太子の礼服
- 礼服の冠。黄丹(おうに)の衣。牙笏 (げのこつ)。白き袴。白き帯。深紫の紗の褶(ひらみ)錦の襪(しとうず)。烏皮(くりかわ)の〓。
礼服の冠を着用する。袍(注4)は位色の黄丹とする。象牙で作った笏を持つ。白い袴、白い帯を着ける。深紫色の紗の褶(注5)、錦(注6)の足袋を着用する。牛革製で黒漆塗の沓を履く。
- 親王の礼服
- 一品は礼服の冠。四品以上は品毎に各別制有り。深紫(こきむらさき)の衣。牙笏。白き袴。絛(くみ)の帯。深緑(こきみどり)の紗の褶。錦の襪。烏皮の〓。綬玉珮(しゅこうはい)を佩へ。
一品は礼服の冠を着用する。二品から四品は各位について別に定めた冠を着用する決まりがある。袍は位色の深紫とする。象牙の笏を持つ。白い袴、格子状の平組の帯を付ける。深緑の紗の褶、錦の足袋を着用する。牛革製で黒漆塗の沓を履く。官職を示す印を組紐の帯に付け身に佩びる。
- 諸王の礼服
- 一位は礼服の冠。五位以上、位及び階毎に各別制有り。諸臣も此に准れ。深紫の衣。牙笏。白き袴。絛の帯。深緑の紗の褶。錦の襪。烏皮の〓。二位以下、五位以上は並浅紫(あさきむらさき)の衣。以外は並一位の服に同じ。五位以上は綬を佩へ。三位以上は玉佩を加えよ。諸臣も此に准れ。
一位は礼服の冠を着用する。二位から五位は各位について別に定めた冠を着用する決まりがある。一位は袍は位色の深紫とする。象牙の笏を持つ。白い袴、格子状の平組の帯を着ける。深緑の紗の褶、錦の足袋を着用する。牛革製で黒漆塗の沓を履く。二位以下、五位以上の袍は等しく位色の浅紫とする。それ以外はみな一位の定めるところと同じものを着用する。五位以上四位以下は綬(飾り紐)を佩びる。三位以上は玉佩
(注7)を佩びる。
- 諸臣の礼服
- 一位は礼服の冠。深紫の衣。牙笏。白き袴。絛の帯。深縹(こきはなた)の褶。錦の襪。烏皮の〓。三位以上は浅紫の衣。四位は深緋(こきあけ)の衣。五位は浅緋(あさきあけ)の衣。以外は並一位の服に同じ。大祀大嘗元旦に之に則り服せよ。
一位は礼服の冠を着用し、袍は位色の深紫とする。象牙の笏を持つ。白い袴、格子状の平組の帯を着ける。深縹の紗の褶、錦の足袋を着用する。牛革製で黒漆塗の沓を履く。二位以下、三位以上の袍は位色の浅紫とする。四位の袍は位色の深緋とする。五位の袍は位色の浅緋とする。それ以外はみな一位の定めるところと同じものを着用する。大祀(一ヵ月間潔斎して行う重要な祭祀)、大嘗祭、元旦にはこの規則に則った服装にしなさい。
六位以下の位色については朝服の項で示されている。
- 朝服
- 一品以下、五位以上は、並皀(くり)の羅の頭巾(ときん)。衣の色は礼服に同じ。牙笏。白き袴。金銀(こし)装(つくり)の腰帯。白き襪。烏皮の履。六位は深き緑の衣。七位は浅き緑の衣。八位は深き縹の衣。初位は浅き縹(はなた)の衣。並皀の縵(かとり)の頭巾。木笏。烏油(くろつくり)の腰帯。白き袴。白き襪。烏皮の履。袋は服色に従へ。親王は緑緋の緒。一品は四の結(むすひ)。二品は三の結。三品は二の結。四品は一の結。諸王の三位以上は諸臣に同じ。正四位は深き緋。従四位は深き緑。正五位は浅き緋。従五位は深き縹(はなた)結は諸臣に同じ。諸臣の正位は紫の緒。従位は緑の緒。上階は二の結。下階 は一の結。唯し一位は三の結。二位は二の結。三位は一の結。緒を以て正従を別けて明かす。結を以て上下を明かす。朝庭の公事に之に則り服せよ。
親王の一品以下、諸臣の五位以上は皆薄い絹で出来た黒い頭巾を着ける。親王の一品以下、諸臣の五位以上の袍の色は礼服と同じとする。一品以下五位以上は象牙の笏を持ち、白い袴、金糸銀糸で飾りを施した帯、白い足袋、黒い革製の履物を着用する。六位の袍の色は深緑とする。七位の袍の色は浅緑とする。八位の袍の色は深縹とする。初位の袍の色は浅縹とする。六位以下初位以上は無地の黒い頭巾、木の笏、黒い帯、白い袴、白い足袋、黒い革製の履物を着用する。袋は服色に準じる。
この後、それぞれの位を緒と結によって示すことを記述し、朝廷の公の行事にはこの規則に則った服装にしなさいとしている。
無位以下の服色については制服の項で示されている。
- 制服
- 无位は皆皀の縵の頭巾。黄の袍。烏油の腰帯。白き襪。皮の履。朝庭の公事にに則り服せよ。尋常には通して草鞋を着を得。家人、奴婢は橡墨(つるはみすみそめ)の衣。
無位のものは無地の黒い頭巾、袍の色は黄色とし、黒い帯、白い足袋、革製の履物を着けて、朝廷の公の行事用の服装とする。普通は草履を履くことができる。家人や奴婢は橡墨のの服を着る。
武官の服色については武官の礼服の項で示されている。
- 武官の礼服
- 衛府の督佐(とくさ)は(兵衛の佐(すけ)は此の限りに在らず、以下此に准れ)並皀(くり)の羅の冠。皀の〓(おいかけ)。牙笏。位襖(いあお)。繍ものの裲襠(りょう‐とう)を加へよ。兵衛の督(かみ)は雲錦。金銀もて装(かさ)れる腰帯。金銀もて装(かさ)れる横刀。白き袴。烏皮の靴、兵衛の督は赤皮の靴。錦の行騰(むかはき)。
武官の督・佐は(兵衛府の佐はこの通りではないが、以下に準じる)皆薄い絹で出来た黒い冠を着ける。冠には黒い老懸の飾りを付ける。象牙の笏を持ち、位色の袍の上に刺繍を施した打掛を着ける。兵衛府の督は雲錦の刺繍の打掛とする。武官は金糸銀糸で飾られた腰帯、金銀で装飾された刀、白い袴、黒い革製の靴だか、兵衛府の長官は赤い革製の靴とする。また錦の腰被いを着ける。
武官の服色については武官の朝服の項でも示されている。
武官の朝服
- 衛府の督佐並皀の羅の頭巾。位襖。金銀もて装れる腰帯。金銀もて装れる横刀。白き襪。烏皮の履。其志(さかん)以上は、並皀の縵の頭巾。皀の〓。位襖。烏油の腰帯。烏装の横刀。白き襪。烏皮の履。會集等の日には錦の裲襠、赤き脛巾(ははき)を加へ、弓箭を帯へ、鞋を以て履に代へよ。兵衛は皀の縵の頭巾。皀の〓。位襖。烏油の腰帯。烏装の横刀。弓箭を帯へ。白き♯(脛?)巾。白き襪。烏皮の履。會集等の日には挂甲(うちかけのよろひ)を加へ、槍を帯へ。位襖を以て紺の襖に代へ。鞋を以て履に代へよ。主師は皀の縵の頭巾。皀の〓。位襖。烏油の腰帯。烏装の横刀。白き脛巾。白き襪。烏皮の履。會集等の日には挂甲を加へ、弓箭を帯へ。縹の襖を以て位襖に代へ。鞋を以て履に代へよ。並朝庭の公事に之に則り服せよ。衛士は皀の縵の頭巾。桃染の衫(ひとへぬき)。白き布の帯。白き脛巾。草鞋(わらくつ)。横刀、弓箭若くは槍を帯せよ。會集等の日には朱き末額(まつかう)挂甲を加へよ。皀の衫を以て桃染の衫に代へよ。朔・節の日には之に則り服せよ。尋常には桃染の衫、及び槍を去てよ。其の督以下主師以上の袋は文官に准せよ。
武官の督・佐は皆黒い羅の頭巾、位色の袍を着用する。武官は金糸銀糸で飾られた腰帯、金銀で装飾された刀、白い足袋、黒い革製の履物を着ける。尉(じよう)・志(さかん)は無地の黒い頭巾に黒い老懸の飾りを付ける。位色の袍に黒い帯、黒い刀、白い足袋、黒い革製の履物を着用する。會集などの日には錦の打掛を着け、赤い脚絆を加え、弓箭を帯び、履物を靴に代える。兵衛府の兵士は無地の黒い頭巾に黒い老懸の飾りを付ける。位色の袍に黒い帯、黒い刀、弓箭を帯び、白い脚絆、白い足袋に黒い革製の履物を着ける。會集などの日には鎧を加え、槍を帯び、紺の袍を位色の袍に代え?(位色の袍を紺の袍に代えか)、履物を靴に代える。主師は無地の黒い頭巾に黒い老懸の飾りを付ける。位色の袍に黒い帯、黒い刀、白い脚絆、白い足袋に黒い革製の履物を着ける。會集などの日には鎧を加え、弓箭を帯び、位色の袍を縹の袍に代え、履物を靴に代える。皆朝廷の公の行事にはこの規則に則った服装とせよ。守衛の兵は無地の黒い頭巾、ひとえの桃染の服に白い布の帯、白い脚絆に草履を履く。刀、弓箭もしくは槍を帯びよ。會集などの日には赤い鉢巻きと鎧を加え、桃染の服を黒い服に代える。月の始め、節日にはこの規則に則った服装とせよ。普通は桃染の服および槍をさける。督以下主師以上の袋は文官に準ずる。
「衣服令」における位階の色彩序列は「黄丹」、「紫」、「緋」、「緑」、「縹」、「黄」、「黒」となる。皇太子の「黄丹」を別にすれば、最上位の色彩は紫であり、その下に赤、青(緑を含む)、黄、と続き、最下層の色が黒である。あるいは紫、緋は紅、緑、縹は碧、黄は瑠黄として中国の間色の概念が導入されているとも考えられる。この序列では、まず中国では皇帝にあたる天皇の衣服の色が欠落している。黄丹を黄とし、中国の「黄帝」にあてはまるものとしても、皇太子は天子ではない。また律令制度が中国から導入されたにもかかわらず、中国で聖なる色された黒が最も下の階層の色とされ蔑まれている。紫が当時最上の階位を占めていた藤原氏の衣装を飾る色となっている。
大化三年の「七色一三階制」のころまでは、深紫と浅紫は紫草の根、真緋は茜草の根、紺は月草の花の汁、緑は苅安草(がいあんそう?)と月草の組み合わせ、黒は橡色であり、「どんぐり」のかさを煮た汁で染めたとされる。(注8)
天智三年の「七色二六階制」では、紺と緑に藍が使用されるようになった。
当時使われた色彩の染料については、康保四年(九六七年)に施行された『延喜式』巻十四「縫殿寮 雑染用度」(注9)
を参考にすることが出来る。『養老律令』の「衣服令」で位色とされた色を『延喜式』の中で見てみると
| 黄丹
| | 綾一疋 | 紅花大七斤八両。 | 支子(くちなし)一斗二升。 | 酢一斗。 | 麩五升。 | 藁四圍。 | 薪一百八十斤。
|
| 帛一疋 | 紅花大七斤。 | 支子九升。 | 酢七升。 | 麩四升。 | 藁三圍。 | 薪一百廿斤。
|
| 羅一疋・絲一絢 | 紅花大二斤八両。 | 支子三升。 | 酢二升三合。 | 麩二升。 | 藁一圍。 | 薪六十斤。
|
深紫(こきむらさき)
| 綾一疋・綿紬絲紬東施亦同 | 紫草三斤。 | 酢二升。 | 灰二石。 | 薪三百六十斤。
| | 帛一疋 | 紫草三十斤。 | 酢一升。 | 灰一石八斗。 | 薪三百斤。
| | 羅一疋 | 紫草三十斤。 | 酢一升。 | 灰二石。 | 薪三百斤。
| | 絞紗(ませのうすはた)一疋 | 紫草十五斤。 | 酢三合。 | 灰四斗六升。 | 薪一百廿斤。
| | 絲一絢 | 紫草十七斤。 | 酢二合。 | 灰二斗五升。 | 薪六十斤。
| | 貲布(さよみぬの)一端 | 紫草五十斤。 | 酢一升。 | 灰一石二斗。 | 薪二百四十斤。
| | 葛布一端 | 紫草廿三斤。 | 酢二合。 | 灰一斗七升。 | 薪六十斤。
| |
| 浅紫
| | 綾一疋・綿紬絲紬東施亦同 | 紫草五斤。 | 酢二升。 | 灰五斗。 | 薪六十斤。
|
| 帛一疋 | 紫草五斤。 | 酢一升五合。 | 灰五斗。 | 薪六十斤。
|
| 羅一疋 | 用度帛同
|
| 絞紗一疋 | 紫草五斤。 | 酢六合。 | 灰一斗二升。 | 薪六十斤。
|
| 纈帛一疋 | 紫草五斤。 | 酢一升。 | 灰二斗五升。 | 薪六十斤。
|
| 絲一絢 | 紫草五斤。 | 酢三合。 | 灰一斗。 | 薪三十斤。
|
| 貲布一端 | 紫草七斤。 | 酢八合。 | 灰一斗八升。 | 薪六十斤。
|
| 葛布一端 | 紫草七斤。 | 酢六合。 | 灰一斗五升。 | 薪六十斤。
|
| 深緋
| | 綾一疋・綿紬絲紬東施亦同 | 茜大四十斤。 | 紫草三十斤。 | 米五升。 | 灰三石。 | 薪八百四十斤。
|
| 帛一疋 | 茜大廿五斤。 | 紫草廿三斤。 | 米四升。 | 灰二石。 | 薪六百斤。
|
| 貲布一端、四丈 | 茜大十六斤。 | 紫草十四斤。 | 米三升。 | 灰一石五斗。 | 薪三百六十斤。
|
| 葛布一端 | 茜大七斤。 | 紫草七斤。 | 米八合。 | 灰四斗。 | 薪九十斤。
|
| 浅緋
| | 綾一疋・綿紬東施貲布亦同 | 茜大三十斤。 | 米五升。 | 灰二石。 | 薪三百六十斤。
|
| 帛一疋 | 茜大廿五斤。 | 米四升。 | 灰二石。 | 薪三百六十斤。
|
| 葛布一端 | 茜大十斤。 | 米一升。 | 灰四斗。 | 薪九十斤。
|
深緑
| 綾一疋 | 藍十圍。 | 苅安草大三斤。 | 灰二斗。 | 薪二百四十斤。
| | 帛一疋・貲布亦同 | 藍十圍。 | 苅安草大二斤。 | 灰一斗。 | 薪一百廿斤。
| | 絲一絢 | 藍三圍。 | 苅安草大九両。 | 灰なし。 | 薪六十斤。
| |
| 浅緑
| | 綾一疋 | 藍半圍。 | 黄蘗二斤八両。
|
| 帛一疋 | 藍半圍。 | 黄蘗大二斤。
|
| 纈帛一疋 | 藍半圍。 | 黄蘗大二斤。
|
| 絲一絢 | 藍小半圍。 | 黄蘗大二斤。
|
深縹(こきはなた)
| 綾一疋 | 藍十圍。 | 灰なし。 | 薪六十斤。
| | 帛一疋 | 藍十圍。 | 灰なし。 | 薪一百廿斤。
| | 絲一絢 | 藍四圍。 | 灰なし。 | 薪四十斤。
| | 貲布一端 | 乾藍二斗。 | 灰一斗。 | 薪三十斤。
| |
| 浅縹
| | 綾一疋 | 藍一圍。 | 薪三十斤。
|
| 帛一疋 | 藍半圍。 | 薪三十斤。
|
| 絲一絢 | 藍大半圍。 | 薪廿斤。
|
| 深黄
| | 綾一疋・綿紬絲紬東施亦同 | 苅安草大五斤。 | 灰一斗五升。 | 薪六十斤。
|
| 帛一疋 | 苅安草大三斤。 | 灰八升。 | 薪三十斤。
|
| 絲一絢 | 苅安草大一斤。 | 灰三斗。 | 薪廿斤。
|
橡(つるはみ)
| 綾一疋・東施亦同 | 搗橡(かちつるはみ)二斗五升。 | 茜大二斤。 | 灰七升。 | 薪二百廿斤。
| | 帛一疋 | 搗橡一斗五升。 | 茜大二斤。 | 灰五升。 | 薪二百廿斤。
| | 絲一絢 | 搗橡六升。 | 茜大六両。 | 灰二升。 | 薪三十斤。
| |
となる。それぞれの色の色調を言葉で表すと同時に、三属性表示(マンセル値)(注10)で示すと
| 色名 | 色味 | マンセル値 |
| 黄丹 | 黄色がかった赤 | 9R 6/12 |
| 深紫 | 濃色のことか? 濃い紫色。濃色であれば | 7.5RP 3.5/2.5 |
| 浅紫 | 薄色のことか? 薄い紫色。薄色であれば | 6P 6.5/2.5 |
| 深緋 | 濃い緋色。暗い黄味の赤。 | 7.5R 3.5/7 |
| 浅緋 | 浅く染めた緋色。赤。 | 4R 5/10 |
| 深緑 | ? 現代の深緑とは違う。 |
| 浅緑 | 薄い緑色。くすんだ黄みの緑。 | 10GY 7.5/4.5 |
| 青緑 | 青みを帯びた緑色。 | 5BG 5/10 |
| 深縹 | 縹色として、藍染めの、浅葱と藍の中間くらいの色。 | 3PB 4/7.5 |
| 浅縹 | 薄縹として、くすんだ青。 | 1.5PB 5/6.5 |
| 深黄 | 濃い黄色。 | 2.5Y 7/10 |
| 橡 | 黒橡として、鈍色。 | N-2.5 |
であったと考えられている。
『延喜式』「縫殿寮 雑染用度」で使われた染料は、黄櫨、紫草、紅花、支子(くちなし)、茜、蘇芳、搗橡、苅安草、藍である。黄櫨は櫨の樹皮から染料を採取されるが、実は木蝋を採るために使われる。紫草は染料であるとともに、根は紫色、乾燥したものを生薬の紫根といい、解毒剤・皮膚病薬とする。紅花は薬草でもあった。支子は梔子であり、乾した果実は生薬の山梔子として吐血・利尿剤である。茜は根から染料を採り、また生薬名を茜根といい、通経薬・止血薬である。蘇芳は明礬媒染で赤色、灰汁で赤紫、鉄媒染では紫色に染めることができる。搗橡は櫟から取られたもので、その実を黒染料として用いる。また樹皮や葉は薬用に供する。染料の多くが薬草であることが注目される。(注11)
『養老律令』に至るまでの冠位・服色の変遷を見たが、冠位令、衣服令を色彩のシンボリズムという立場から考察する。
第一に問題となるのが、最高者の天皇の冠位、服色について何も書かれていないことである。『養老律令』衣服令は皇太子の服色についての記述から始まる。梅原猛氏はこの点について、奈良朝時代、中国から導入された律令制が日本では変質しているとしている。(注12)さらに
「衣服令」になぜ天皇の衣裳は記されなかったのか。その理由は、天皇が神と考えられていた日本の神話にも求められるのではないか。アマテラスば神の衣裳を紡ぐ処女であった。それは例えば「羽衣伝説」の衣裳なのである。もしそうであるなら、その色は白でなくてはならない。皇太子の衣服として白い袴、白き帯が記される。衣(表着)の色は「黄丹」とある。紅色を帯びた梔子色という。梔子色は新生児の産着の色であり、節日の「黄蒸」(御強)も梔子の実で染めた。黄は「紅白」に対する「黄白」の黄である。日本の天皇ほ皇太子と同じく白装束と黄の衣裳で古制を守っていたのではないか。(注13)
とし、中国では皇帝は天子であるが、日本で天皇は神であると理解されたからではないかとしている。中国では、天頂=天の北極こそ天帝の座であり、夜の色すなわち黒こそ、万物を支配する天帝の色彩であった。さらに天の北極に位相的にもっとも近い地上の北が、四方向のなかでも特に聖なる方向とされ、黒が配色されていることとなる。(注14) 天帝の子である天子は黒の間色である紫の衣を身に付け、紫宸殿から南面するのである。それに対して日本では明るいもの、光の源泉、太陽が神である。女神アマテラスは太陽である。夜に闇でも男神ツクヨミすなわち月と、星の神々が白く光る神として支配している。古来神器とされた鏡は光るものであった。中秋節に白玉団子を七・五・三に盛ってそなえる風習は、わが国固有の神話的思考をしめしている。これらのことから天皇の服色は白(あるいは明色の黄)であったことは充分想像される。律令における天皇の服色の欠如についてはさらに検討が必要であろう。
日本古来の色は、青・白・赤・黒であった。青・白と赤・黒は対の概念で考えられてきたとされる。『古事記』「天の岩屋戸」では「下枝に白和幣・青和幣を取り垂でて」(次田真幸注 講談社版一九七七年 による以下同じ)と出てくることや、新年祭などにおける祝詞における青雲・白雲の文句などから、青と白の色は古来祭祀に関わるとされる。青・白の色彩シンボリズムは、祭祀・王権という中心の色彩である。さらに「崇神天皇 三輪山の大物主神」で大物主神の神託に応えて「宇陀の墨坂神に赤色の楯矛を祭り、また大坂神に墨色の楯矛を祭り」『古事記』とあることから、赤と黒がセットで青・白と同様に祭祀に関わる。赤・黒は、崇神天皇が要路の境界点たる墨坂神・大坂神を赤・黒の楯・矛をもって祀ったように境界の色彩であって、祭祀についても国つ神であるとされる。(注15)
このように古来の青・白・赤・黒については宇宙観から象徴づけられていたが、冠位令・衣服令の色彩に、絶対的な象徴性を感じることは出来ない。『養老律令』「衣服令」は厳格に位色を決めているが、各位色の象徴としての根拠は希薄である。皇太子を位色をのぞけば、鮮やかな色彩を高い位の服色としたことぐらいしか位色の理由を見いだせない。最高位者ではないものが紫を服色とし(実際は最高の実力を持っていたかもしれないが)、中国で重んじられた黒が最下位のものの服色とされた。中国から律令制は導入されたが、色彩シンボリズムは導入されなかった。それは独立国としての独自性の発揮だったのか、壬申の乱などによる混乱の中、色彩の象徴の意識が混乱したからなのか。儀礼国家としての律令体制とって色彩シンボリズムの混乱は、体制の限界を暗示しているといえないだろうか。
秩序全体における色彩の絶対性の欠如は、厳格に決定されたはずの位色が、十一世紀以降四位以上が黒とされるように安易な変更を許している。さらに相対的な認識を越えることが出来ない色彩シンボリズムは、十二世紀以後力を増した武家において、その独自性を示すため上位の公家の服色である黒を凶色として避け、朝廷の役人の最下位の服色であった浅縹を武家の最高の礼服としたことからも知ることが出来る。
注
- 注1 『日本書紀』は黒板勝美、国史大系編修会編『国史大系 日本書紀 後編』、吉川弘文館、一九八四年、に拠った。訓読みは著者が行った。以下 『日本書紀』の引用部分については同様。
- 注2 村上道太郎『色の語る日本の歴史 1』、そしえて、一九八五年、二六〇頁
陰陽五行説では正色としての青・赤・黄・白・黒と、間色としての緑・紅・瑠・碧・紫がある。
- 碧 以金之白克木之青合、青白即碧。西間色。
- 緑 以木之青克土之黄合、青黄即緑。東間色。
- 紅 以火之赤克金之白合、赤白即紅。南間色。
- 紫 以水之黒克火之赤合、赤黒即紫。北方間色。
- 瑠黄 以土之黄克水之黒合、黄黒即瑠黄。中央間色。
とされる。
- 注3 『養老律令』衣服令は黒板勝美、国史大系編修会編『国史大系 令義解』、吉川弘文堂、一九八七年、に拠った。訓読みは著者が行った。以下 『令義解』の引用部分については同様。
- 注4 束帯や衣冠などの時に着る盤領(まるえり)の上衣。
- 注5 礼服の袴の上に付ける付属具。
- 注6 金銀糸を用いて文様を織り出した紋織物。
- 注7 即位・朝賀の大儀に、天皇をはじめ王臣が礼服に付けた飾り。
- 注8 前田雨城『「色」染と色彩』、法政大学出版局、二〇四頁
- 注9 『延喜式』巻十四 縫殿寮は黒板勝美、国史大系編修会編『国史大系 延喜式 中編』、吉川弘文館、一九八七年、四〇〇頁〜四〇五頁に拠った。
- 注10 色彩のデータ、マンセル値は 尚学図書編集『色の手帖』、小学館、一九八六年 を参考にした。
- 注11 前田雨城『「色」染と色彩』、法政大学出版局、二〇四頁。前田氏は「朝廷においては、新しい服色制ができるごとに、色相や色名の変化が起こっているが、変らなかったのは、朝服色の色彩を得るための染料には常に薬草を使用するという方針である。」と述べている。
- 注12 梅原猛『海人と天皇 1』、朝日新聞社、一九九一年、一一六頁〜一六六頁
- 注13 梅原猛『海人と天皇 1』前掲書、一二四頁
- 注14 北沢方邦『宇宙論としての色彩』「is 増刊号『色』」、ポーラ文化研究所、一九八二年、一五〇頁
- 注15 黒田日出男『境界の中世象徴の中世』、東京大学出版会、一九八六年、二〇頁